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zoom RSS 半分の月がのぼる空

<<   作成日時 : 2006/06/02 15:43   >>

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 先日日記に「半分の月がのぼる空」(電撃文庫 著:橋本紡)を読んだことについて書いたが、今回もそれについて書きたいと思う。
あの時早く5,6巻を買って読みたいと言いました。で、読みましたよ。二つとも。今この場で読み終えました。研究室で(ぇ

 もうほんと、なんていったら良いんだろ。この小説は心に訴えてくるものがある。今の私の感じている気持ちは「感動した」なんて陳腐な言葉では表せない。読み終わった後しばらくその余韻に浸っていた。こうして日記を書いている今もまだ半月の世界から抜け出せてない感じがする。本当に心が痺れた。
 ストーリーはすでに前回書いたとおりだ。どこにでも居る普通の高校生のあ男と女の話。ただひとつだけ違うのは彼女があとどんだけ生きられるのかわからないという事。それが十年先なのかそれとも明日明後日なのか…。
 誰もが持つ「未来」に対する期待、不安、葛藤…そこに恋愛も加味され、見事に表現された「半月」は私が今まで読んできた作品の中で群を抜いている。高だか20年ばかりの生で何を言うか、と思えるかもしれないが本当にそのぐらいすばらしい作品だった。
 このすばらしい小説も6巻で終りであるのが残念でならない。むしろその先を書いて欲しかったが、良作は多くを語らずも心に残ると言うか、だらだらと長く続くよりも適当な所でズバッと終わらせた方がかえって光ると言うか、このぐらいの長さが丁度良いのかもしれない。あるいはそこで終わらせる事でその未来は無限にあると、自分が思い浮かべた世界がその物語の未来であるということか。近々短編集が出ると言うのでそれを心待ちにしておこうではないか。

 それにしてもどうして作者はこの作品のタイトルを「半分の月がのぼる空」と名付けたのだろうか。確かに作中では何回も「見上げればそこには半分の月が浮かんでいた」見たいな表現が出てきた。
私が勝手に思うに、「半分の月」に意味を込めたのではないかと思う。
半分の月とは満月の前。つまりその途中。
新月から満月を人の人生に当てはめるのなら、半分の月は裕一と里香がその真ん中に居ることを表しているのではないか。そして真ん中だからこそ、その未来(さき)はあると暗に示しているのではないだろうか。
また、「半分の月=欠けている」と言うことであり、それは他でもない里香(なまじ自分が死ぬことが判っているもんだから心、体などが欠けている)のことであり、半分ならもう半分があれば満月に成れると、そこに裕一がいることで満月のように光り輝くことができると言いたいのだろうか。
「半分の月がのぼる空」……私はこのタイトルがとても小説にあっていると思う。それにタイトルが幻想的なものを連想させて気に入っている。まあ、つまりなんだ。半月の全てが気に入ってるんだ、私は。

 半月が6巻で終わってしまうというのは先に述べたが、ならばいっそ自分でその先のストーリーを書いてやろうか、なんて思う。って言うか書きてえ。あーだこーだと構想練ってしまってる自分がいたりする。ついでに言えば、小説カバーとかスキャンして壁紙作っちまうのも良いな。
うわやべえ、研究そっちのけでやってしまいそうだ。

 この「半月」の作者橋本紡さんはこういった心情表現を活き活きとかかれる方で、リバーズエンドなど有名作品も多い(つってもリバーズエンド読んでないけどネッ!)。毎日することが無くて暇だ、とか小説買いたいけど何が良いんだろうと思ってる方は是非この本を手に取って頂きたい。
 煩わしくもここまで長々と書いた日記に最後まで付き合ってくれた方に無常の感謝を。

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